青山・表参道に佇むバーラジオ カクテルとフランス料理 尾崎浩司の世界
バーラジオのカクテルブックには美しいカクテルグラスの写真が多く掲載されています
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マンスリーコラム
2007年7月のコラム
『尾崎浩司の Martini(マティーニ)』

<私が理想とするマティーニ>
 私のマティーニの味は優しいです。トロリとしてまろやかです。
でも、それで完成されたとは思っていません。私は63才です。28才でラジオを始め、30才、40才、50才とずっとマティーニを作り続けてきました。それぞれの年のマティーニの味があった筈で、今出来るならその毎年のグラスをずらりと並べて飲み比べてみたいものです。どんなふうに自分が変わって来たのかを知りたいです。そして、それぞれの年がその年らしく美味しく出来ていたならばホッと安心するでしょうか。30才はさわやかで溌剌。40才はバランスの取れた重厚さ、50才は成熟と優しさ。60才はまろやかさと新鮮さの同居、などというふうに来ていると良いのですが。70才、80才だとさてどうなるでしょうか。幾ら年を重ねても、マティーニはワインと違って枯れる事はありません。私はむしろ老年のマティーニは、又初ういしさを取り戻したりするのではなかろうか、などと想像するのです。
 私が理想とするマティーニはまず香り高く、液体がトロリとして艶があること。作り終えてミキシング・グラスからカクテル・グラスに注ぎ入れる時、液体が水のようにサラサラしてはおらず、ネバリがあるようにトロリと落ちて行くのです。最後の滴がピチャンとハネたりはしません。吉野葛かゼラチンでも少々溶かし込んである感じなのです。ですから口に含むとまろやかで、喉から胃に届く迄アルコール特有の刺激を感じません。体の粘膜全体が美味さに酔い、幸せに満たされます。その感覚はエロティックでさえあります。飲み込んだ後には残り香の余韻です。
 そのようにマティーニを作ろうといつも心がけているのですが、これはなかなかに難しい。要するに艶っぽいマティーニを作りたいと思うのです。艶っぽいマティーニとは“?”です。お解り戴けるでしょうか。洗練度が高くて艶っぽいのです。
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<“気”と“化学変化”>
 私は純銀製のバー・スプーンをオーダーしました。そのシルバーのバー・スプーンでマティーニをお作りします。私はマティーニをステアする時に心を静め、気持ちを込めてステアするのです。その私の気とかオーラのようなものが、銀のバー・スプーンを伝わってマティーニの中に入るのだと思います。50回か80回か、時には100回も、とにかく長くステアするのはその間混ぜ続ける事で、液体が何らかの化学変化を起こすのです。美味しさは“気”プラス“化学変化”でしょうか。真似して誰かが同じように作っても同じにならないのが不思議です。いずれ“気”や“オーラ”が科学的に解明される時代が来る筈です。それ迄私は変な人だと、非科学的だと言われるかも知れません。でも、私がお作りするマティーニはかなり美味しいと、皆さんがおっしゃいます。
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<私のマティーニの作り方>
 私のマティーニの作り方はこうです。ベースになるジンはゴードンです。それを冷凍庫に入れてあります。-20℃位に冷えていると思います。ヴェルモットはチンザノ・ドライです。これは冷蔵庫です。約8℃程度だと思います。氷は冷凍庫で保存した物ですが、冷凍庫から取り出したばかりだとすると-15℃から-20℃の間です。これが木製の氷入れ、椹(サワラ)の桶の中で少し溶けかかった状態の物を使います。とは言っても毎日の営業の中、その時の忙しさによって条件はいつも同じではありません。理科の実験でもありません。商売をやっているのです。お客様のお相手を、会話を続け乍ら手際良く作業を進めなければならないのです。プロの仕事として、いつも同じ味を高い水準で保つ事が重要です。
 ミキシング・グラスに(これも予め冷やした物)大きめの氷(握りこぶし大)を一個入れ、オレンジ・ビター、ヴェルモット、ジンの順で注ぎ入れ、バー・スプーンで50回から80回程度の回数を素早くステアします。これが一杯分の作り方です。二杯分・三杯分と増える場合は氷をもう一個足します。そして材料の酒は杯数分よりも少し多目に量って入れます。杯数が増えるに従って氷の溶け出す比率が下がって来ますので。ステアすることで材料どうしが混ざり合い、馴染み合い、熟成をします。そして独特の良い香りが生まれます。ピンに差したオリーブが飾ってあるグラスに、この、ステアした液体を静かに注ぎ入れ、レモン・ピールを振りかけて出来上がりです。その時々によって氷の温度や大きさ、ジンやヴェルモットの温度は違います。しかしそんな事は作り手側の言い訳で、召し上がるお客様には解りません。とにかく、いつもいつも美味しいマティーニを作る事がバーテンダーの仕事です。ラジオのマティーニはゴードン・ジンとチンザノの組み合わせですが、これはお客様側からの銘柄指定の無い場合です。お好みに合わせてタンカレー、ビーフィーター、ボンベイサファイア、ノイリー・プラット等を使い分けます。
 ジンとヴェルモットの比率も、酒の銘柄と同じくお客様のお好みに合わせます。色々の事をちゃんとお解りのお客様には、お好み通りにお作りをさせて戴きます。そのお客様が今召し上がりたい物が美味しい物であると、私は考えているからです。マティーニのグラスは、基本としてマティーニにふさわしいグラスの中からお選びします。そして一杯ずつ違うグラスを選びます。グラスの美しさも酒と一緒に楽しんで戴きたいし、グラスによってマティーニの味わいも少しずつ違う、その違いをも楽しんでくださればと思います。もしも酔っ払ってグラスを倒しそうになったとしたら、その時私がどのようなグラスを選ぶでしょうか。私は色々な対応の仕方をお見せします。マティーニのお代わりで無く、氷水の入ったタンブラーが出る場合もあります。その辺り迄をバーの雰囲気と一緒に楽しんで下さい。バーとは粋な心得の大人に、或いはそれを目指す若者に集って戴く場所であって、不粋にさわいだりする為の場所では無いのです。


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